キアロスタミ

埃だらけのジグザグ道を車が走っていく。ほとんどの場面は車のなかでの主人公と同乗者との会話だけで進む。

自分が映画をきちんと観はじめたのは、キアロスタミの『桜桃の味』がきっかけだったと思う。『風の吹くまま』でそれが決定的になった。

日常から少しはみ出た出来事が画面に映る乾いた風景のなかで劇的な瞬間を迎えて静かに畳まれる。その感覚は、日本が舞台の『ライク・サムワン・イン・ラブ』でも変わらない。登場人物の中の渇きが画面にかぶさっているような作品たち

キアロスタミ黒澤明と対談を行っていて、『そして映画は続く』という本に収録されている。そのなかで、キアロスタミは素人をキャスティングして自然な演技をさせていることを日本では褒められるのに、イランに帰ると黒澤明のようにドラマチックに演技をさせないのかと言われるのだと語っていた。黒澤明はそれを受けて、キアロスタミのようにもっと自然な演技をさせないのかと言われると2人で笑っている箇所があった。

この2人の作品にどこか通底するものがあることが伝わってくるせいか、この一節だけは妙にはっきりと覚えている。

そんなキアロスタミの訃報が伝わってきた。あまりにもリアリティがなさすぎて、これといった感情も湧いてこないのだが、イランの映画を日本に紹介し続けることを考えてみると、関係者の方がどれだけの苦労を重ねられたのか、わたしには想像もつかない。

けれども、そうするだけの価値が間違いなくある映画であって、改めて素晴らしい作品を作り続けてくれたキアロスタミと、彼の作品を紹介し続けてくれた方々にお礼を申し上げたいと思う。